1958年1月8日、山口県下関市生まれ。
明治大学文学部演劇科、横浜放送映画専門学院(現・日本映画学校)を経て、'84年より映画及びテレビドラマの助監督となる。
主に崔洋一、和泉聖治、杉田成道、降旗康男などの監督に師事。
現在に至る。
日本アカデミー協会会員


1981年日活TV映画芸術学院卒業後、撮影監督 姫田真左久氏主宰『グループ動』のメンバーと成り、にっかつ撮影所をベースに 映画、テレビ映画、ビデオシネマ、コマーシャルフィルム、短編映画など、フリー撮影助手として従事する。1995年キャメラマンとして一本立ち、活動を始める。

1973年装飾会社に入社し、京都太秦撮影所にてTV時代劇を手掛け 1975年上京して、TBSのドラマを担当し 1982年 東映・東京撮影所にて映画の装飾を手始めに現在に至る。


1980年ころより、フリーの録音助手としてスタート。主に東宝・東映などの撮影所の仕事が多かった。
今までの主な作品『ビルマの竪琴』『竹取物語』『夢』『八月の狂詩曲』『HANABI』『バトルロワイヤル』等

 

プロデューサーとしては、これまでの映画人生の集大成です。仕上げ段階からもう何十回も観ているのに一向に飽きない。「こんな映画を作りたい」という気持ちから始めましたが、今は「こんな映画が観たかったんだなあ、俺は」という心境に変わっています。
それは、自分が少年時代を過ごした70年代という昭和時代への検証なのかなと思ったりもしてます。
但し、これは商品ですからこの映画に出資をしてくれた方々への責任を何とか果たしたいと思ったり、4人娘がこれから日本を代表するような大女優になって欲しいと思ったり、毎日色々です。

日本映画学校卒業後、フリーの編集助手に「わたしのグランパ」などで編集を担当。
編集者としてのプロフェッショナリズムを越えて、心意気で仕事させてもらいました。仲間に入れてくれてありがとう。


早稲田大学政治経済学部に七年在籍した後、授業料滞納で除籍。水商売がすっかり板についた頃、ひょんなきっかけから映画、テレビの助監督を始める。
主な作品:鉄道員、すずらん、破線のマリス、光の雨、陽はまた昇る、等々

1947年 福島生まれ。フリーの助手を経て、1978年から照明技師として活動。これまで60本以上の作品を手がける。 代表作は、「最も危険な遊戯」「蘇る金狼」「汚れた英雄」「Wの悲劇」「バカヤロー」「ビーバップハイスクール」「ヒーローインタビュー」「バースデイプレゼント」など、実に多彩。 近年では「鉄道員(ぽっぽや)」(1999年)、「黒い家」(1999年)、「ホタル」(2001年)、「模倣犯」(2002年)「青の炎」(2003年)など。話題の作品を多数手掛けている。